ステージ演出

【レコード・プロデュース作品】    

布施明   「そっとおやすみ」「愛の終わりに」 他
木の実ナナ 「愛人」「おまえさん」「夏日傘」「道」 他
ツイスト  「燃えろいい女」「ラブ・ソング」
木の内みどり「横浜いれぶん」他  
高樹澪   「ダンスはうまく踊れない」他
沢田研二  「追憶」アルバム「架空のオペラ」「夜のみだらな鳥達」
      「灰とダイヤモンド」 「アリフ・ライラ・ウライラ」他
根津甚八  「ピエロ」「上海帰りのリル」 他
永井龍雲  「道標なき旅」他
中尾ミエ  「片思い」
梓みちよ  「モスクワの仔猫」
石川ひとみ 「胡桃割り人形」 他
大輪好男  アルバム「LAG RAG」
田中裕子  「女が男を愛する時」(アルバム)
リタ・クーリッジ 「美しき女」「SWEET MEMORY」
佐藤隆   「土曜の夜と日曜の朝」「日々の泡」(アルバム)「桃色吐息」「マイ・クラシック」
人間椅子  「人間失格」「夜叉ケ池」「桜の満開の下」「羅生門」
ALIPROJECT「月下の一群」(アルバム) 他
虎舞竜   「ロード」
PYHTAGORAS「MORE-ISH」(石間秀機・篠原信彦・クマ原田・屋敷豪太)
酒匂ミユキ 「MAN」「WOMAN」「HUMAN」
高木ブー  「美女とYA!BOO」(イエローキャブ、森公美子他)
なかにし礼 「昭和忘れな歌」(歌謡曲・シャンソン翻訳全集監修)
渡辺プロ  「キラ星」(ヒット曲全集監修)

【舞台演出及びプロデュース作品】

布施明  第一回「日生劇場リサイタル」1972年
沢田研二 第一回全国縦断コンサート 1974年「架空のオペラ」「正月歌劇」等々(NHKホール他)
高樹澪  リサイタル「ダンスはうまく踊れない」(パルコ劇場)
根津甚八 リサイタル(全国コンサート) 
田中裕子 ファーストコンサート (パルコ劇場) 
渡辺えり ファーストリサイタルwith柄本明 (サンシャイン劇場)
山本リンダ「芸能生活30周年リサイタル・歌に生きる」演出「愛は国境を越えて」
梓みちよ 「モスクワの仔猫」(郵便貯金ホール)1995年演出
久石譲  「初リサイタル」(草月ホール) 演出 
虎舞竜  全国ツアー・ファースト「ロードVOL1」
人間椅子 「人間失格」(渋谷公会堂)演出
ALI PROJECT コンサート演出

坂上二郎主演 ミュージカル「星降る夜の綱渡り」脚本・演出 (青山円形劇場)
創作日本舞踊 「火の国の女・卑弥呼」「緋牡丹姫」脚本・演出水木由歌主演 (スペースゼロ)
「イヴ・モンタン〜彼を憎んだ女と男」構成・脚本 梓みちよ他 (天之洲銀河劇場)
1998年〜2004年
舘形比呂一ソロダンスプレイ 「梯子の下の微笑み」構成・演出 (池袋芸術劇場・大阪)
              「白鳥の歌ーニ短調」構成・演出
              「オルフェとディオニソス」
朗読劇「平家物語」構成・演出 近藤正臣 他 (紀尾井町ホール)
「どん族幕末伝〜龍馬〜」 作・演出 笹塚ファクトリー
幕末三部作
「上海奇兵隊〜高杉晋作」「五稜郭異聞〜土方歳三伝」
音楽サーカス朗読劇 青山マンダラ
「芥川・谷崎・三島を読む」
「星降る夜の綱渡り」
「大正浪漫回帰小説集〜 吉行エイスケ」
「詩人の書いた幻想童話集〜アンデルセン・吉田一穂・小熊秀雄・寺山修司」

【著作等】

童話集 「夜出る魚達の船」(サンリオ社)1990年
詩集「青の光」(自費出版)1992年
小説「パリ築地明石町」(愛育社)2000年5月
絵本「CAT'S ROCK」(愛育社)1998年
エッセイ 日本照明家協会 年間連載
秋田「HATAHATA」年間連載
「詩とメルヘン「宮沢賢治の世界」

【絵画・ヴィデオ監督】
大輪茂男・油絵小品展(原宿画廊)
江原通子著「瓔珞の花」表紙絵
ヴィデオ作品・音楽物語「不思議の森のユリ〜巴里物語」
沢田研二・人間椅子「夜叉ケ池」等のPV監督
DVD「単細胞セブンの恋」監督(出演ナマダ)
舞台「ニ短調〜白鳥の歌」(館形比呂一出演)監督


     
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2015年09月18日 | Comment(0) | 主な作品

ヨーロッパ紀行1 沈黙の水仙・・・ブルージュ1

「沈黙の水仙」・・・ブルージュ

ああ。古びた家、木綿の窓掛、果 樹の茂り、芝生の花、籠の鸚鵡、
愛らしい小犬、そしてランプの光、尽きざる物思い・・(略)・
そして悲しいロオダンッバクのように唯だ余念もなく、書斎の家具と
寺院の鐘と、尼と水鳥と、廃市を流るる掘割の水とばかりを歌い得る
ようになりたい。
永井荷風「海洋の旅」より

その女性の印象は、その町には必ずしも似合ってはいないかも知れない。ヨーロッパには様々な顔をした町があるが、一番その女性に似合った街はやはりパリだろう。或いは南仏のサトロペとか。
 だが、何故かぼくはその女性の名を聞くと、ヨーロッパの小さな街を思い出すのである。その女性とは若くして亡くなった作詞家の安井かずみさんであり、小さな街とはベルギーの古都ブルージュのことである。
 安井さんはヨーロッパ、特に南仏やパリの香りのする歌をたくさん残した。彼女の「ズズ」という奇妙なニックネームを初めて聞いた学生時代、ぼくはその響きにまだ見たこともない憧れのパリの街を闊歩する粋な女詩人を想像して胸をときめかしたものだ。ゴダールの映画の中に出てきそうな名前、トリュフォーの女、ルイス・ブニュエル、いやいや、やはり「ベベ」、或いはミレーヌ・ドモンジョ、六本木族のお嬢さん、それともあの危険な知的淫乱な香をもったジャンヌ・モローのような女か、ぼくはこうした様々な印象を若き日、安井さんの綽名から想像したものだった。   
 後年、何度か彼女と歌の仕事を一緒させていただいたが「ズズ」はズズ自身であって、誰かに似てるといったような所はなかった。そんな安井さんとその夫をともなって、ヨーロッパのグルメとファッションを探訪してもらうという航空会社の企画で約二十日間ほど一緒に旅をしたことがあった。まことに慌ただしい旅だったが、そのスケジュールの中にベルギーのブルージュの街が入っていたのである。
 ここでの仕事は、ロスチャイルド家のワイン利きのライセンス、いわゆるソムリエの資格を持つシェフの経営する「バスケス」という高級グルメ店で、安井夫妻に料理を食してもらい、さらにその料理方法も見てもらうという内容であった。仕事は簡単に終わってしまい、あとは自由行動を取ろうということになり、そこでぼくはさして大きくもないこの街のあちこちを歩く時間にめぐり会えた。
 今日、ブリュージュという所はヨーロッパの中でも最も美しい街のひとつに数え上げられ、多くの掘割水路には白鳥が行き交い、そこに映える街並みは、中世そのままの姿を今に伝えていると言われる観光名所で有名になっている街である。まさにそのとおり。 レエスの織られる、北のベニス。
 だが、ぼくがこの街の名を知ったのは、そうした観光名所としてはなく、学生時代に読んだ一冊の本、一八九二年に書かれたローデンバックの小説「死の都ブリュージュ」というその不吉な題名と、本の中に入れられた数枚の町並みのエッチング挿し絵によってであった。しかも本の表紙にはデュルメが描いた幽霊のような作家の肖像画とともに、背景の水路と町並みも描かれていた。
 そこで中世以来の町並みが今も残されているのなら、この旅でも若き日に読んだ本そのままの場所に巡り会えるだろ、そうした想いがぼくのこの街に対する最大の関心事であった。そして、まさしくぼくはこの旅で、まったく本の舞台、挿し絵と同じ場所に佇むことが出来たのであった。若き永井荷風はアンドレ・レニエのベニス紀行と共にこのローデンバックの作品を溺愛し、この小説の描写のようにヨーロッパの街というものを描きたいと願ったという。その影響であの名作「フランス物語」は誕生したのだが、その街は今も昔のままに健在だった。
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2015年09月17日 | Comment(0) | 紀行文

ヨーロッパ紀行2 『繭の城」~ノウシェバンスタイン〜1

 「繭の城」〜ノウシェバンスタイン〜その1

ぼくを乗せた三両ばかりの列車は若草の牧草地帯を、のんびりと横ぎって行った。
赤や、青の、とんがり帽子をかぶった農家の屋根が、緑のドレスをはおって、どこまでも続くかとおもえる丘陵のあちこちに顔を覗かせている。やがて、薄紫に染まりゆく夕暮れの空気、物憂げな車両の進行、アルプス山系に浮かぶ遠いバラ色雲、羊たちの白い帰還・・・
  車窓の額縁にはめこまれた、こうしたバイエルンの田園風景が、いつしか水彩画のように輪郭を奪われ、あたりの薄暮に滲みだしてゆく景色を、ぼくは先ほどからぼんやりと眺めていた。
 本来ならウイーンから出発した特急「モーツアルト号」でパリまで直行していなければならないはずだったのである。そして明後日にはもう日本に帰らねばならないというせわしい仕事のスケジュールの、ちょっとした合間のことだった。 どうしても見ておきたいものが頭に浮かび上がってしまって、その想いがどうしても頭から離れない。特急がミュンヘンに到着すると、もういてもたってもいられなくなった。「見たいもの」は、そこから半日の行程の所にある。ここを黙って通 過するなんて、せっかくの宝物の褒美を目の前にして立ち去る野良犬のようではないか。それに、このような場所に又いつ来れるかも解らない。こう思うと、もうぼくは荷物を掴み、急いで汽車を飛び降りていた。そして、五分後に出発するチューリッヒ行きの列車に飛び乗ると、さらにブルッヒという駅で二両ばかりのローカル線に乗り換えてしまったのであった。
 慌ただしいミュンヘン駅での意識を薄めてくれるようなアルプス地方の景色が、今は眼前にある。この列車は前に進むと言っておきながら、きっとぼくの頭に逆方向へ進む、そう、あたかもワーグナーのアダージオのような鎮静剤を飲ませたに違いない。そうだ、ぼくが「見たいもの」は、まさにそのワグーナーを愛し、狂王と呼ばれた一人の若者が築城したという白亜の城「ノウシェバンスタイン」のことだった。
  その時、車窓の外の夕景がハッと息を飲むような明るさを取りもどし、すべての事象に明瞭な輪郭線が立ちあらわれるひと時が浮かびあがった。天球の厳しい法則運動の中にあって、アポロンの神がもういちど悪戯な、最後のキッスを、この小さな青い球体の西の頬に投げかけたからだろうか。車窓の田園風景画が、モネの絵画からフェルメールの油絵に変わったような瞬間だった。それは、まさに「神々の黄昏」だった。 もう仕事のことなぞどうでもいい、そんな気分でぼくは窓の景色に身を委ねた。
思えば、ぼくは夕暮れを友として過ごしてきた時代を忘れてしまってから、久しい。
  自然は、時として、こうした一瞬の光の魔術を見せてくれる夕暮れを演出する。東京にいたって、それを味わうことは出来るのに、そして時にぼくはその瞬間を待とうとするのだが、何故かいつも見すごしてしまうことが多い。夕暮れ時のこの妖しい光の恩恵に浴すためには、人々は静かに時を待たねばならない。だが、都会という場所は、夜に向かって煩雑に急ぎすぎる。自分にしたってそうだ、ゆっくりとソファーにでも身を凭れ、移りゆく空の色をビルの窓から眺めてでもいようものなら、たちまち誰かから頭をこずかれるであろう。都会では、静かに思考する時間を持つ奴は馬鹿に見えるか、そうでなくともたいしたことはしてない暇人の金持ちぐらいにしか思われないだろう。汗して働いている人はいい。だが仕事にあふれ、そんな振りでもしないかぎり、生活の歯車ってやつに押しつぶされてしまうといった脅迫観念に心を捉われている者も少なくない。それも明日のためではない、今を忘れるために。
  金のなかった時代、夢さえあれば生きて行けると思っていた時代・・・
  会社勤めなんかしないぞ、自由に生きてみせる・・・、
  そんことばかりの観念で生きていた若き日のぼくに、夕暮れは身近にあった。
  昼にも行けず、夜にも染まれない頃のぼくには夕暮れが、
  ちゃらんぽらんであればこそ、友人だった。
  そこでは薄いパラフィン紙を一枚一枚はぐように、
  刻々と変わりゆく光もまた儚い生き物だった。
  そこでぼくは、夕暮れの光に包まれながらワーグナーが奏でる退廃的な黄昏の間奏曲に聞き惚れていた。 彼の音楽をふんだんに使用したヴィスコンティの映像、特にルードヴィッヒを描いた作品はぼくの中に深くこの芸術王の鮮烈な時代批評眼と、やがて周囲から狂人として幽閉されてゆく彼の、孤独の苦悩を焼きつけてくれたものである。
「神々の黄昏」・・・
  今、都会にあってそのような夕暮れの経験は、ぼくが努めて見ようとしなければ、現れてはくれないのである。たちまち天球は、夜の女王のベールに席を譲ってしまう。社会に出たぼくはその下で、なんと愚痴る大人の酒ばかりを覚えてきたことか。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
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2015年09月16日 | Comment(0) | 紀行文
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